東京高等裁判所 昭和30年(う)2531号 判決
原判決は第一の犯罪事実として「被告人が昭和二十八年十二月四日頃諏訪市湯の脇上原恒雄方において同人に対し、真当は担保に供する意思も物品もないのに、これがあるように装つて『約六、七万円相当の衣類を持つて来て担保に置くから、自分が高木孝衛から四万円借りるのに保証人になつて貰い度い』旨全然虚構の事実を申し向け、同人を欺罔して保証人となることを承諾させた上、即日同市湖柳町千六十九番地高木孝衛方において同人に対し、『上原恒雄に担保を入れて保証して貰つているから四万円貸して貰い度い』旨全然虚構の事実を申し向け、同人をその旨誤信させて同人から貸借名義で現金四万円の交付を受けてこれを騙取した」と上原恒雄及び高木孝衛を被欺罔者、右高木を被害者とする現金四万円騙取の刑法第二百四十六条第一項該当の詐欺の罪を判示するものの如くであり、その認定証拠としては高木孝衛、上原恒雄及び被告人のいずれも検察官に対する各供述調書と被告人の原審公判廷における供述を掲げている。ところで右挙示の各証拠を記録につき調査してみるに、被告人と右上原、右高木間の金銭貸借に関する経緯は、被告人が昭和二十八年十一月末頃知合の高木文明を介して高木孝衛に対し金銭貸借の申込をしたが、右孝衛は被告人と一面識もなく信用状態も不明なのでこれを断つたところ、同年十二月初頃更に被告人から直接衣類等の担保をいれるから是非貸して貰い度いといつて来た。右高木孝衛は金貸しでもなく物品を担保にとることも好まぬからといつて拒絶したが折衝を重ね適当な保証人があれば金四万円を貸してよいということになつた。そこで被告人は上原恒雄に対し自分は六、七万円の衣類をもつているからこれを直ちに持参して担保にいれるから自分が高木孝衛から借金するについての保証人になつて貰い度いと、実際は右の衣類も実在しないし、又これを担保にするという意思もないのに、うそのことを申し述べたところ、上原は被告人の言を信用して担保がとれるならということで保証人となることを承諾した。そこで三者それぞれ連絡の上高木は被告人に対し金四万円を上原が保証債務を負担するというので貸与することとなつた。その後被告人は上原の請求にも拘らず言を左右にして衣類を担保に提供せず又所定の弁済期日に右借金の支払もしなかつたので、高木は上原に対し右保証債務の履行を求め、上原は保証人として止むを得ず被告人のために右金額の支払をなすに至つたことが明らかである。すなわち、これによつてみれば、上原恒雄が被告人の虚言に欺罔され被告人のために被告人が高木から金四万円借り受けるに際し保証債務を負担するに至り、これによつて被告人は高木から金四万円の金を企図したとおり借り受け得るという財産上不法の利益を取得したことになるのであるから、本件においては茲に右上原を被欺罔者被害者とする刑法第二百四十六条第二項に該当する詐欺罪の成立するわけであつて、高木の関係において高木は上原が保証人になるというので被告人に金四万円を貸与したものであつて、その保証人になることは真実の事柄であるから、被告人の欺罔行為によつて誤信したもの延いては同人がだまされて金四万円を貸与した被害者ということにはならないものである。尤も被告人が高木に対し「上原恒雄に衣類を担保に入れて保証人になつて貰う……」といい、又衣類を担保に入れるということが現実に反するものであつたとしても、この点は、高木に対する関係において金銭貸借成立のための重要な点に属せず、重要な点であるところの上原の保証債務負担の動機経由をなす事実に過ぎないこと所論において指摘するとおりであつて、これによつて私法上保証の意思表示取消の問題を生ずる場合があるにしても本件事実関係の下において今問題とする高木に対する詐欺罪の成否には影響を及ぼさないところである。然らば原判決の挙示した右証拠によるときは前記の如く上原に対する関係における刑法第二百四十六条第二項の詐欺罪の成立が肯定されるが、原判示のような高木に対する同法条第一項の詐欺罪の成立を肯認できない筋合である。而して、この点について記録を精査しても原判決高木に対する詐欺罪を認め得る他の証拠は全く存しないし、又昭和三十年六月十七日付追起訴状記載の公訴事実第一の訴因としては殆んど原判決の認定判示したところと略々同一事実が記載されており、特にその前半において上原に対する欺罔の事実も明記されているのであるから右訴因には右上原に対する前掲詐欺の点も包含されているものと解するに難くないと思料されるのである。従つて、原審としては改めて訴因追加又は変更等の手続を経由することなく、右起訴に対し右証拠によつて前述のとおり上原に対する刑法第二百四十六条第二項該当の詐欺の事実を認定判示し、起訴状記載の後半の部分は事後の情況の説明と解し敢えて高木に対する同法第一項該当の詐欺の事実を判示すべきものではなかつたのである。以上説明のように原判決にはその判示する犯罪事実と証拠との間に刑事訴訟法第三百七十八条第四号後段にいわゆる「理由のくいちがい」があるものであるから論旨は結局この点において理由があることになり原判決は破棄を免れない。
よつて論旨第三点(量刑不当)に対する判断を省略して刑事訴訟法第三百九十七条に従い原判決を破棄し、同法第四百条但書を適用して当裁判所自ら更に判決をする。
当裁判所において認定した犯罪事実及び証拠の標目は、原判示犯罪事実第一、を昭和二十八年十二月四日頃諏訪市湯の脇上原恒雄方において同人に対し、担保に供する意思もその現品もないのにかかわらず、これがあるもののように装つて、「自分は約六、七万円相当の衣類をすぐ持つて来て担保に置くから、自分が高木孝衛から金四万円借りるのについて保証人になつて貰い度い」と全然虚構の事実を申し向け同人を欺罔し、この旨誤信した同人をしてその頃被告人が右高木孝衛から金円を借り受けるにつき右高木に対し自己のため保証債務を負担させて自己の右高木からの金四万円借受を可能ならしめ財産上不法の利得をしと訂正する外、原判決記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
法律に照すに被告人の所為中右第一の詐欺の所為は刑法第二百四十六条第二項に、原判示第二、第四の(一)(2)の各詐欺の所為は同条第一項に、原判示第二の私文書偽造の点は同法第百五十九条第一項に、同行使の点は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に、原判示第三の横領の点は同法第二百五十二条第一項にそれぞれ該当するところ、右原判示第二の私文書偽造、同行使、詐欺の間には手段結果の関係があるから、同法第五十四条第一項後段第十条により最もその刑の重い詐欺罪の刑に従い、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により最も重いと認める原判示第四の(2)の詐欺の罪に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役十月に処し、同法第二十一条に従い原審における未決勾留日数中三十日を右本刑に算入するが、刑法第二十五条第一項により被告人に対しては本裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとし、押収にかゝる預り書一通(原審昭和三十年証第十一号ノ一)は原判示第二の偽造私文書行使罪の組成物件で被告人以外の者に属しないから、同法第十九条第一項第一号第二項に従いこれを没収する。なお原審における訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部被告人に負担させることとする。
(裁判長判事 大塚今比古 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)